野田地図

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コラム

「おとなぴあ 2000年4月号」より


夜桜は、十八歳未満お断りだよね。 ガキどもに、夜桜の下をうろうろしてもらいたくない。そこは大人の領分だ。 僕が夜桜に芽生えたのは、二十一歳の時、芝居の稽古の帰り、大学の劇場から自分の下宿に戻る、その僅か五分の間、僕は作りかけの芝居のことを考えながら、駒場の線路脇の道を下を向いて歩いていた。 その道は少しばかり坂になっていた。 なんの弾みで見上げたのだろう。 あの夜桜を。 うわあ、綺麗だ。こんなにも桜って綺麗だったんだ。今まで何度もここを通っていながら、どうして俺はそのことに気がつかないでいたんだろう。 女の美しさにもそういうところがある。 もちろん、一目惚れで一気に燃え上がる。それもある。 けれども、それまで別にどうってことなく思っていた女が、ふとメガネを外した拍子に、え?この女こんなにもいい女だったんだ。なんて事がある。 少なくとも、俺にはあった。そんな感じだ。 その夜の夜桜は美しかった。 美しさに溶けていく。というのはそういうことか。二十一歳の俺は朧気に思った。 その翌日、同じ道を通りながら、稽古場へと向かった。昼間だった。 桜を見上げた。ただの桜だった。 昼とはいえど、春の桜だ。美しいには違いない。だが、昨日の夜みた、あの桜ではない。俺が愛した桜ではない。 女の美しさにもそういうところがある。 だから夜に出会って、何かの弾みで美しいと思った女が残してくれた電話番号。 実は今も、目の前の机の上にあるんだけれども、そのことを知っているから、電話はしないでおくのがいい。 夜桜は夜の夢のままにしておくのがよい。

「おとなぴあ 2000年4月号」より