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第二回 増上寺の入れ歯
話題って言うものにも旬がある。
だから、エイプリール・フールの話は、四月中に書いておこう。そう思いながら、四月が終わった。
というか、エイプリール・フールという行事そのものが、もう旬じゃない。花祭り(釈迦の誕生日)よりはメジャーだろうが、ホワイトデイよりはマイナーなんじゃないかい?父の日といい勝負かい?母の日には完全に負けている。
今や、イベントはすべて、何か物を買うことと直結している。プレゼントと無縁な行事は、すべて過去のものになった。
その意味では、「嘘つくだけ~」という四月馬鹿は潔い。
久しぶりにやってみた。
そして思わぬ収穫があった。
「嘘は大声で、でたらめであればあるほど良く、そして深追いをしてはいけない」
今後の劇作の教訓になった。
今年、私がやらかしたのは、四月一日になったばかりの夜中の十二時すぎ。
お相手は友人。
この友人、その前日(三月三十日)に、入れ歯をなくしていた。入れ歯をなくすということ自体が、すでにエイプリールフールの標的になりやすい体質である。
なんでも、奥歯が入れ歯で、その具合が悪いからはずしたらしい。外出先だったので、ポケットにハンカチでくるんで数時間、さあまた入れ歯を、と思ったら無い。どうやら落っことしたらしい。という経歴の持ち主。
わたしは、それを利用させてもらった。
三月三十一日の夜から四月一日になるのを心待ちにして、路上から、その友人に電話を入れた。
野田「(大声で興奮気味に)もしもし!野田だけど!ほんと俺もなんだかよくわかんないんだけど!あのさ、東京タワー、わかるでしょ?あの真下に増上寺っていう寺があるの知ってる?」
友人「え?なに?」
野田「増上寺!」
友人「知らない」
野田「(増上寺を知らないので、ちょっとびくうりした)え?ま、いいや。あるのね、増上寺って。そこの境内に入れ歯があったらしいよ」
友人「え?入れ歯って?」
野田「あんたの」
友人「(ものすごい驚き)え?!え?!!どういうこと?」
野田「だから俺も良くわかんないんだよ、何でそんなところで見つかったのか」
友人「え?!うそでしょ(と言いながらまんざら信じていない風でもない)」
野田「増上寺に落ちてたって、警察から、麻布警察署から電話があったの」
友人「なんでよ」
野田「だからわかんないんだって、俺も。何がなんだか。今、電話を貰ったばかりだもの、野田さん、入れ歯を落としてませんかって」
友人「俺、そんなところ行ってないもの」
野田「でも、そう言われたんだからしょうがないじゃない。麻布警察署の人に。他に入れ歯落とした人なんて俺の周りにいないもの」
友人「でも何で野田ちゃんのところに連絡が、いってんの?」
野田「だから、驚いてんじゃない。あれじゃないの?なんかポケットから落とした時に、俺の名刺とかも一緒に落としたんじゃないの(つい最近、わたしは名刺を作ったばかり)」
友人「俺、野田ちゃんの名刺なんて持ってないよ」
野田「(ちょっと怒って)わかんないよ、そんなこと言われたって。(困ったときは怒るに限る)俺だって、なんでそんな連絡が入ってんのか。で、麻布警察署に来てくれってさ」
友人「でも、いやあ、良かった。入れ歯が無くて、ほんと困ってたから」
野田「(良かったと言われて、ちょっと良心の呵責)良かったよね~。明日の朝一番でも来てくれってさ」
友人「(もうすっかり信じ込んで、半笑い)でも、なんでそんなところで見つかったんだろうね」
野田「(同じく、違う意味で半笑い)ほんと、なんでだろうね。大丈夫?明日の朝一番。あ、今、麻布警察署に電話入れる?」
友人「ああ。どうしようかな。かみさんが、明日の朝帰ってくるから、そのまま朝一番に、麻布まで車で送ってもらうかな(友人の賢い奥さんがこの日、旅行してたのも幸いしている)」
野田「ああ、それがいいよ。じゃあね。ほんと、驚いたね」
友人「でも良かった~」
こんなに上手くいくとは思わなかった私は、心で快哉を叫び、帰宅の途につくのでした。
そこで終わっておけば、良かったのだが…。
良かったのだが…と言う意味は、そのままにしておけば私の友人は、翌朝、麻布警察署に出向き、その受付かなんかで「わたしの入れ歯を返してください」みたいなことを言って、「ふざけるな、この野郎!」って警官に怒られることになっていた。そういう意味で良かったということです。
ところが、私は深追いをしてしまった。
こんなに、簡単に人って騙されるんだなあ。というか、人一般ではないかもしれない。ただその友人が、騙されやすいだけなのかもしれない。
でもそれにしても、こういうことだから、俺俺詐欺なんて、後を絶たないんだなあ。と妙に納得をした。
その瞬間、そうか、その手があるかと思いついた。悪事は一度始めるとやめられないとは、このことである。
私は、そのままその友人の家へ直行した。
俺俺詐欺の気分を堪能してみたかったのである。正確に言えば、俺俺詐欺にでも出会った人間の顔を見たかったのである。
つまり、私の更なる筋書きはこうである。
野田「元気?深夜遅くにごめんね、ちょっと酔っ払ってるから」
友人「ああ、野田ちゃん、でも吃驚したねえ」
野田「え?なにが」
友人「さっきの話」
野田「なに、さっきの話って」
友人「だから、入れ歯の?」
野田「え?わかんない。何言ってんの」
友人「あれ?!電話したでしょ」
野田「してないよ。電話なんて」
みたいな展開である。つまり、私じゃない人間が、私の名前で友人に電話を入れて、友人をまんまと騙したのだ、という筋書きである。
そこで私は、「そんな増上寺なんかに入れ歯が落ちているわけがないじゃない。何でそんな馬鹿なこと信じたの~」
とまあ、傷ついた正直者の心にさらに塩をすりこむような真似をしようとしたのである。
最低の男である。
さすがに、最低の男に天は味方しない。
私は、その筋書き通り、第二幕の芝居を始めたのだが…
友人「でも電話の着信に、野田ちゃんの名前が残ってるよ」
の一言に、私は、ちょっとひるんだ顔を見せてしまった。電話の向こうだったら、その顔を見られず、ただ大声で「そんなこと言われても、俺わかんないよ~」と居丈高に居直ればよかったのだが、面と向かってはそれが利かない。
ここが潮時である。
悪人は観念して「エイプリールフールだぴょーん」みたいなことを言ったと思う。
だが、普段から、エイプリールフールまがいのことばかりやっているから、その友人は「ああ、エイプリールフールか」という反応ではなくて、「ああ、また騙されたあ」みたいな反応であった。エイプリールフールであることには、ほぼ反応も関心も示さなかった。
その通りだ。
エイプリールフールは、普段、真っ正直な人間が、一年に一度だけ嘘をつける日である。周りの人も、「ええ~!?あなたみたいな人が嘘をついて、ああそうか、今日はエイプリールフールか。めでたしめでたし」という日なのである。一年中、嘘をつくことを仕事にしている私が参加してよいイベントではなかったのだ。
勉強させていただきました。
野田秀樹










