野田地図

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『キル』


『富士山を太平洋にブン投げる』

「この前、万里の長城を見に行ってきました」と知人にいきなり言われた。私が気のない返事をしていたら、「あれ?行ったことないんですか?」という話に変った。
どうやら、この『キル』という芝居を書いたからには、私が万里の長城くらい実際に見ているだろうと思ってふった話だった。

お生憎さまである。

私は、大風呂敷を広げて、大嘘をまことしやかに作り上げることに、全身全霊を傾ける類の作り手だ。
「富士山を太平洋にブン投げたい」し、「紅葉の葉脈の小さな迷路に迷い込んだり」「朝の光をむしゃむしゃ食べる」ようなことが、作家の書くべきことだと思っている一派の人間である。近頃、この一派が減った。激減している。

我々の一派の敵は、「等身大の人生を描く」とか言う一派である。ちまちました職場の悩みとか、学校の教室でうんたらかんたらとか、家庭内でのああだこうだ、みたいのを作っている一派だ。たった一人の人間の人生を描こうとすると、一人という人間のスケールからはみ出すことができない。或は、その人間よりももっと小さな世界に入っていくこともできない。だって、ひとりはひとりだから。みたいな?結局自分探し、みたいな?わざわざ世界中回っているのに、自分探しかよ、中田ヒデ、みたいな?

わたしは、そうした「等身大」の物語が大嫌いだ。結局、この趣味の違いは、金を払って、絵空事の些細な現実を見たいか、まことしやかな壮大な嘘を見たいか。というところに行き着くのだと思う。

そこに、たったひとつの言葉とちいさなスペイスがあれば、たった一人の人間が、その小さな足の裏で、「火星を踏み潰す」こともできる。それが劇場の素晴らしさだと、私は確信している。そして今宵はこの劇場で、行ったこともない「モンゴルの草原の熱い風と光の中に」人々を誘うことが、この世に少なくなってきた大法螺吹きの役目だと思っている。