野田地図

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『透明人間の蒸気』


『時代錯誤者のコトバ』

『透明人間の蒸気』13年前に、この芝居を書いた。

その当時私は、自分の劇団というものを持っていた。しかも、人気の絶頂期にあって、この芝居をやりながら、いささか戸惑ったのを覚えている。まるで、ポップミュージシャンのコンサートのように若い観客が、熱狂して押しかけてきた。確かに、「演劇はスポーツだ!」と言って、既成の演劇界を挑発した。「劇場の入り口から入った観客が、出口でその熱が冷めているようでは、芝居は終わりだ」などと言って、観客を煽りもした。だが、そうしたコトバのすべてが、嘘であった。演劇がスポーツのわけがない。観客が熱狂すれば芝居だ、というものでもない。そんなことは、十分承知であった。それでも敢えてそういって、演劇界を挑発しなくてはならない事情があった。私が二十歳で芝居を始めたころ、演劇界は元気をなくし始めていた。私は、勝手にそう思っていた。それが、私に言わせたコトバだった。

だが、ひとたび、口から出たコトバというのは、本当に私がそう考えているということになる。わたしは、「芝居はスポーツだ」と考えている馬鹿者になり、そして、若い観客の多くが、流行に乗って、芝居を見に来た。

それが、この透明人間が13年前に上演された時に感じた私の戸惑いである。
舞台上で、カーテンコールをいただきながら、「観客は、この芝居から何をどう感じているのだろう」そう思った。

わたしは、この『透明人間の蒸気』を、当時バブル期にあった日本においては、時代錯誤者のコトバとして聞こえるに違いない。そう思って書いた。人々の耳に心地よく届きやすい、古い時代へのノスタルジーなどではなく、古い時代、すなわち、1945年と真正面から向き合ってこなかった、戦後の日本人というものを、少なからず意識して書かれたコトバだった。それは、バブル期の日本の劇場に押しかけてくる若い観客に向かって発しても、届かない言葉だったのかもしれない。

13年が過ぎた。

いまだに、この『透明人間の蒸気』は、時代錯誤者のコトバには違いない。だが、今の方が、観客は、この芝居を身近に感じるかもしれない。13年というときが過ぎたのに、こうした物騒な話が、時代錯誤的ではなく、より身近なものに聞こえるのかもしれない。もしも13年前よりも、観客が、この芝居を見て、具体的にイメージを思い浮かべることができるのだとすれば、わたしたちは、ぼんやりとしているけれど、ぼんやりと不幸になりかかっているのかもしれない。