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第44回岸田國士戯曲賞選評(2000年)
『げ』でないもの
『兄帰る』が今年の候補作の中では一番良い作品だと思った。冒険はないのだけれども、巧いというのは、こういうものなんだろうなあと、自分にない資質なだけに余計感心して読んだ。新しい登場人物によって話が展開していくのが芝居というものだが、それを、いきなりの登場ではなくて、冷蔵庫の修理を間にはさんでいくつくりなど、ああ、よくできているなあと、唸った。然りげないけれども、書きなれている永井さんならではだと思った。
そうだ、永井さんは、書きなれているのだ。今更、岸田賞ではないのかもしれない。それがまた、今年永井さんに反対する選考委員の理由だったようにも思える。つまり、去年、一昨年の作品の方がいい。とかいう反対理由である。けれども、それは、永井さんがコンスタントにいい作品をつくっているからであって、反対する理由にはならないと思う。今年は永井愛さんという作家のこれまでの活躍すべてに与えられた賞だということでも良いのではないか。私はそう思って執拗に永井愛さんを推した。 裏を返せば、今年の他の作品に私は魅力を感じなかった。どれも、作家としての方法が中途半端な気がした。
それに比べて永井さんの作品はいつも、決してドキッとする新しさはなくても、ハッ、とさせる巧さがある。それが永井さんの真骨頂でもあるし、御本人もそんなことを知り尽くして書いている気がする。
「新しそうに見える」ことなんて、どれほどのこと? と思っているかもしれない。そうした方法に徹しているところが良い。
そしてこの『兄帰る』という作品そのものが、「中流意識」に溺れつつある日本にありながら、やはり徹底的には「中流」でいられない、せめて「新しそうに見せたい」そんな今の都市に生きる日本人のありようを描いている。確かに今時の都会にある新しげな家も雑誌もレストランも空間もすべてが、結局は、「げ」なだけで、新しくはない。だったら、そんな風にしなくてもおもしろいものはつくれる。永井さんの作品はそう語りかける。私のような「新しそうに見えるもの」好きにそうした苦言を呈する。
これからも、私らとは違ったところで、どんどんい いものを作って、芝居の世界を共に豊かにしていきましょうねと、思わず声をかけたくなる才能が、やっと授賞できて、とにもかくにもおめでとうございますである。












