イントロダクション

「兎、波を走る」は、知られざるコトワザである。ほとんど誰にも知られていない。誰も知らないコトワザを諺と呼んでいいのか?という不条理は、おいといて、私がこの芝居を書こうと決めた時、この題名がそれこそ向こうから走ってやってきた。そして私は走るように書き始めた。だが書き進むうちいにいたたまれない気持ちに、幾度も襲われた。だから、この芝居を観た方々にこの「兎、波を走る」という響きから、「なんともいたたまれない不条理」を感じとっていただければと切に願う。切に願うとしか申し上げようがない。全力で書いたけれども作家の無力をこれほど感じることはない。「あーーーーーー」としか言いようがない不条理なお話なのである。だから話は不思議の国の「アリス」で始まる。(野田秀樹)

“潰れかかった遊園地”を舞台に繰り広げられる“劇中劇”のようなもの

2023年、野田秀樹率いるNODA・MAPが遂に2年振りの書き下ろし最新作を上演する。
新作のタイトルは、『兎、波を走る』。
何やら新鮮で、心をざわつかせるような、不思議な響きのタイトルを野田秀樹が打ち出して来た。実はこのタイトル、野田自身、とても気に入っているらしい。このタイトルから、日本古来のことわざや、「因幡の白兎」を思い出す方もいるかもしれない。

果たして、本作の“兎”とは、いったい何を表しているのか?
そして野田は、どんな企みを『兎、波を走る』に仕掛けてくるのか?

野田曰く、物語の設定は、「“潰れかかった遊園地”を舞台に繰り広げられる “劇中劇(ショー)”のようなもの」だという。そして、そこに“アリス”が登場するというのだ。
それはウサギ(兎)を追いかけて不思議の国へと迷い込んだ、あのアリスなのか? しかも、その上、或る“世界的な稀代の劇作家”まがいの人間までもが2人絡んでくるらしい。“世界的な稀代の劇作家”と言えば、野田が自ら強烈なインパクトのフェイクスピア/シェイクスピアを演じた『フェイクスピア』(21年)も記憶に新しいが、本作ではどんな劇作家がどのような役割を担うのか?
古今東西のファクターが複雑に絡み合い、謎が謎を呼ぶ様相を呈する物語の全貌とは……!?

なおも混迷が続く時代のなか、現代社会を見つめる鋭い視座と圧倒的な語彙から生まれる破格のストーリーテリングによって、観客に生の演劇の悦楽と予測不可能な衝撃を届け続ける野田作品。
物語が進むにつれ、表層とは違う世界が姿を現し、目まぐるしく展開する、まるで遊園地のジェットコースターのような劇体験をこの夏、お届けします!

――― 卯年・2023年。日本の演劇界を跳ね駆け回るNODA・MAP 『兎、波を走る』。兎の如く目と耳がそばだつこと必至の本作、是非ともご期待ください!