野田地図

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第55回岸田國士戯曲賞選評(2011年)


『深読みさせてくれ』

候補作が九本という割には、労多くして実りが少ない年だった。
前川知大氏や赤堀雅秋氏といった、数回候補になったことのある作家の作品も、とても大切な所が抜け落ちている。前川氏の「記憶」が芋虫の様な人間になり、その「記憶」から血が流れるというのは、鮮烈なイメージだったが、ここだけ、という印象が残った。人間がこだわり続けている「霊的」なものが、オカルト信仰のレベルと変わらない説明に聞こえてしまった。赤堀氏は、蟻地獄的な暴力をいつも見事に書いてきた人だが、今回は筋にとらわれ過ぎて「暴力そのものが、筋だった所から現れるわけではない」その本質を見失っている。二人ともに、才能のある人なので次回に期待したい。
今年の作品群の中では、私は受賞作品の松井周氏の『自慢の息子』とノゾエ征爾氏の『春々』を面白く読んだ。
松井氏は、すでに彼独特の作品の文体を獲得している作家で、いつもそこから自閉的な世界が見えてくる。今回は特に顕著で、「正の国」という自慢の息子の自閉の国を作り上げることで、「引きこもり」の世界を見せてくれた。マスターベーションを手伝おうとする母に見られるような、近親相姦的な母と息子の関係は、見事に現在を投影している。苦情係という設定も面白かった。蝉を神様に仕立て空虚な現代の儀式も見せてくれたし、エジプトの神話を勝手に深読みできる。近親相姦を感じさせる兄と妹には、北欧の神話(ジークフリートとブリュンヒルデ)も深読みさせる。近ごろの候補作には、作品を読みこんで深読みさせるものが少ない。松井氏のこれは、並列的に並べられたイメージの一つ一つが面白いので、こちら側に深読みの楽しみを残してくれる。取りだしてくる一つ一つのイメージが豊かだ。その中にあって、安もののオルゴールのイメージは、ありきたりで痩せている。それが機械仕掛けの人形のように動くラストシーンへつながっていったことが、これを受賞作として一番に推すことを私にためらわせた。着地に失敗しているように思えた。だが、作品全体としては、授賞に値する作品であることに異を唱えない。
私が一番に推したのは、ノゾエ氏の作品である。松井氏とは全く違う陽気な文体である。が、イメージを並列させるという意味では近い。そして、その並列された三つの世界がどれも面白い。そして、血で繋がった家族と、血ではつながっていない家族以上のヤクザ、そして積み上げられた椅子だけで関係をもつ男女――この三つの世界は、関連していないようで、最後は過不足なく収斂しているように思える。とりわけ私は、目の見えない老人が、話すことのできない老婆によって、老婆の死後に残された老婆の顔の彫刻を触る場面には、喪失した家族観の顔への手触りといった感動をさえ覚えた。もちろん、この作家は、人が安易に感動することに明らかに悪意を持ち、感動を否定するような距離感のある文体を使っている。にも拘らず、その失われた家族の顔のエピソードが、ラスト付近で、別の関係性の中で再び生まれることに、構成上の巧さも感じた。「家族」と「感動」という今最も安易に取り上げられているモチーフを、酔っ払いのキャンペーンガールも含めて、ひとつひとつのエピソードを痩せることなく絡ませて、「感動」とも「家族」とも距離感のある作品に仕立て上げたその手腕を評価したい。一番に推したが、他の選考委員の同意を得られなかった。

野田秀樹